怪物はささやくの感想

私は6月頃上映していた映画【怪物はささやく】を観て悶々としたものを抱えていました。
「スッキリしないなー」
「ハリーは一体何だったんだ…?ジロジロとコナーを見て何したかったん…」
映画を見たときの感想はこんな感じでした。
先ほど原作を読み終えたので感想を書こうかなと思います。

ネタバレあらすじ

主人公である13歳の少年コナー・オマリーは、重い病を抱えた母親と二人暮らしの少年。
イギリスの田舎にあるコナーの小さな家の窓からは、古い教会とお墓…そしてイチイの木が見えます。

コナーはいつからか誰にも話せない悪夢に毎夜うなされていました。
母親が怪物に引っ張られて奈落に落ちて行くのを、手を掴んで助けようとする夢。
ある夜悪夢を見て飛び起きたコナーは、12時7分にイチイの木の姿をした怪物と出会います。
そして怪物はおまえに三つの物語を聞かせる。そしてお前は四つ目の真実の物語を私に話すのだと言います。
コナーはその物語を色々なタイミングで聞かされることになります。

母親の重い病気の事を、幼馴染のリリーがが学校のみんなに喋ったせい
『可哀想な男の子』と学校で浮いた存在になっていました。
そんなコナーは超優等生の秀才ハリーとその取り巻きアントンとサリーの3人にいじめられています。
唯一味方してくれるのはリリーだけでしたが、
コナーはリリーに首を突っ込まれる事が気に入りません。
学校のみんなに喋った事を許せないと思っているからです。
そしてある日コナーの母親を「つるっぱげのママ」とからかってきたいじめっ子を、コナーよりも早くリリーが突き飛ばします。
そこで先生が駆けつけてきて、どちらが先に手を出したのかを聞かれた時にコナーは
嘘をついてリリーだけを悪者にして距離をとります。
「前は友達だったよね」
「前はね」
幼馴染二人の関係も悪化し、コナーはいよいよいじめっ子以外とは話さなくなります。

そんな折、母親が治療の為に入院することになり苦手なおばあちゃんと暮らす事になります。
離婚後アメリカで新しい家庭を持った父親も急遽こちらに来ることになりますが、楽しい父親との触れ合いもそこそこに父親は娘が病気になったからとアメリカに帰ってしまいます。

おばあちゃんの家のリビングを滅茶苦茶に破壊しますが怒っても仕方ないだろう。と言われて罰せられません。
学校でもまるで誰からも見えてないように皆がコナーを避け、いじめっ子のハリーからもお前を2度と見ない。と言われてしまいます。

誰からも見られない透明人間は果たして存在していると言えるのか…
コナーは怪物が語る物語を聞きながら、コナーを見ざるを得ないようにする為にハリーを殴りつけ病院送りにしてしまいます。
この事件をきっかけに皆がコナーを見るようになりますが、
その距離は一層遠くなってしまいました。
でもリリーだけは違いました。コナーに手紙を渡し
お母さんのこと、みんなに喋っちゃってほんとにごめん
コナーと友達でいられなくて寂しい
だいじょうぶ?
あたしはちゃんと見てるよ
と伝えてくれました。コナーは胸がいっぱいになって、その手紙を何度も読み返します。

授業中連絡が入り、病院に行くことになったコナーは「こんな事は今までなかった」
と怪物に助けを求めに自分の家へ帰ります。
そして4つ目の物語であるコナーの真実を話すことになります。

毎日見ている悪夢の話…
落ちそうになっている母親の手を、コナーは自ら離しているということを。
病気で弱って行くお母さんがをただ見ているだけなのが耐えられない。終わってほしいと思っていた。
きっと良くなるというお母さんの言葉を信じていた。でも同時に治らないともコナーはわかっていた。
人間は複雑な生き物で常に矛盾を抱えながら生きていると怪物は言った。
人生とは言葉で綴るものではなく、行動で綴るものだ。何をどう考えるかは重要ではないのだよ。大切なのはどう行動するかだ。
怪物は3つの物語を話すことと4つ目の真実を聞くことでコナーで救った。その為に怪物は来たのだ。

探しに来たおばあちゃんと一緒に「これからはお互い分かり合えるよう努力しよう。ママという共通点があるからきっとできる」と言い合い病院に行き、おばあちゃんとの和解を果たします。
そして床に伏せた母親に真実の中の真実を話します。
「行っちゃいやだ」そう言って思い切り抱きしめて、今度こそ母の手をはなしました。

[aside type=”boader”]この幼馴染のリリーという存在が、映画では扱われませんでした。
学校でコナーは母親の病気で腫れ物のように扱われ、いじめっ子としか接点がない少年。として映されます。
リリーとコナーのやりとりがグッとくるものがありましたので、映画で出てこなかったのは残念です。[/aside]

 

ネタバレ感想

暗い。
とっても暗いですよ。これが児童書ってまじ?
お母さんが重病で苦しんでる姿を見ているコナーの苦しみと、学校が上手くいかない苦しみ。
離婚した父親と一緒に暮らしたいのに、それは無理だと言われるコナーの悲しみ。
ここら辺が丁寧に描かれています。映画でも子役の子の演技がとても光っていました。

怪物の3つの物語は
・人は時に自分の信じたい嘘をつき、それを自ら信じる事。人は悪でも善でもないその中間にいる存在だという事。
・信じればそれだけで半分治ったも同然。治療を信じる気持ち未来を信じる気持ちが大切で、身勝手であやふや信念は不幸をもたらすという事。
・見えない男は見られるようになって一層孤独になった事。
人間には皆相反するように見える面がそれぞれあり、そのどちらも真実だという事を教えていました。

確かに3つの話どれもなるほど。と頷けるような話でした。
4つの物語がどんな話か気になった方は原作を読んでみてね!

原作だとリリーの存在が大きいですね。誰からも見られなくなったコナーをちゃんと見てるよ。と言ってくれるリリー。
映画だと暴れまわって「ヤバい奴」の烙印を押されたまま病院に行っちゃいましたが、
原作だとリリーがいる事によってこれからの学校生活もなんとかなりそうな感じが出ていました。
良かった。

ハリーの存在が結構謎です。最初からいじめられていた訳ではなく、悪夢を見るようになってから急に始まった。と原作にはありました。
真実と嘘を同時に信じた人間は罰を受けたがる、と怪物が語っていましたが、その罰のために存在していたのかな。

お母さんが助かると信じている嘘と、助からないと分かっている真実の間にいたコナーは常に罰を望んでいました。
お母さんと自分の苦しみが早く終わって欲しいと願っている時,おばあちゃんの大切な時計を破壊した時、ハリーをボコボコにして病院送りにした時、コナーは自分が罰せられるべきだと考えていましたし
ハリーにいじめられる事、話しかけられる事をコナー自身が望んでいる描写がありました。

コナーが怪物と母に真実を話した事により、「両方信じる」事の罰がなくなったからハリーは物語から退場したのでしょうか。
ここら辺が本当に理解ができないというか難解です。

前半は荒々しい怪物だったイチイの木の怪物も、4つ目の物語からは親のように優しくコナーに寄りそってくれます。
そのイチイの木の怪物の正体は劇場版でのみ明かされます。
物語の最後、おばあちゃんの家で暮らす事になったコナーはお母さんが使っていたという開かずの部屋の鍵を手渡されます。
その部屋に入ると、机も何もかも住んでいた頃のようになっていて、飾られているお母さんの描いたイラストが大きく映されます。
コナーのみた怪物そっくりの絵と、その怪物の肩に乗る子供のお母さんのイラスト。

あの怪物はお母さんも見えていた本物の怪物なのか、それともお母さんが作り出した空想の存在なのか。
そんな不思議なラストで映画は終わりました。
映画の方がダークファンタジー面がより強く描かれている感じでした。
物語の時のアニメーションも綺麗で良かったですし。

色々思わされるところも多いですが、理解が及ばない点が多くて映画も見て原作も読んだ割に「?」と思う事が多いです。
人生は行動でのみで綴られる。というのはいい言葉ですよね。私も行動を起こさなければ。
また新しい事を思いついたら追記しますが、今日はこれくらいで。

怪物はささやく公式サイト

あいか

原作本を読んでから映画を見るのが一番理解しやすいと思います。私は逆順だったので特にハリーの優しい視線を送りながらいじめる存在に?しました。リリーがハリーに合体してるのかな…映画版は

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